【行 者 問 答 (要約型)】  
大峰山の山伏が参集しての大護摩供では、問答の時間を10分程度に納めます。
(行者)
案内(アナイ)申す。案内申す。

(道場主)
承ふ(ウケタモウ)。承ふ。何処(イズコ)の御方(オンカタ)にて候(ソウロウ)や。

(行者)
某(ソレガシ)こそは、大和の国は大峯山護持院櫻本坊輩下の先達、大峰修験行者にて候。


(道場主)
その修験者が、本日当道場に御来山の儀な如何(イカ)に。

(行者)
某(ソレガシ)、今回大峰山上に於(オ)いて十界一如(ジッカイイチニョ)の修行満願仕(ツカマツ)り、
報恩謝徳のため、各地巡拝の道すがら計(ハカ)らずも、本日、当道場に於いて、
天下泰平・五穀豊穣(ゴコクホウジョウ)・商売繁盛・交通安全等祈願のため
柴燈大(ダイ)護摩供、厳修(ゴンシュウ)せらるる由なに賜(タマワ)り、態(テイテイ)推参(スイサン)仕(ツカマツリ)て候。
何卒(ナニトゾ)入場の儀(ギ)御許し下され。

(道場主)
ふうーん。
御殊勝(ゴシュショウ)なる御申出には候え共、
当節(トウセツ)偽山伏多数横行するにより、
当山の掟として 護摩道場に入(ハイ)らんとならば、
修験道の心得、一通りお尋ね申すが、御返答せらるるや如何(イカ)に?

(行者)
修験心得、御尋ねあれ。御答申す。

(道場主)
然(シカ)らば問トわん。そもそも、山伏の儀な如何(イカ)に。

(行者)
そーーれ、山伏といっぱ、真如法性(シンニョホッショウ)の山に入り
無明煩悩(ムミョウボンノウ)の敵を降伏せしめんが為、
山に伏し野に伏し修行する行者にして、
山とは三身即一(サンシンソクイツ)の儀、伏とは無明法性(ムミョウホッショウ)の
不二(フニ゙)の儀にて候。

(道場主)
して修験道とは如何(イカ)に。

(行者)
修とは苦修練行、験とは験徳(ケントク)の儀なり。
即ち、深山幽谷(シンザンユウコク)に分け入り、苦修練行の功(コウ)を積み、
自身の本源を悟り、即身即仏の験徳を表すをもって
修験と名付く。道とは、一宗一派に偏(ヘン)せず、諸宗能通の儀にて候。

(道場主)
然(シカ)らば、先達とは如何(イカ)に。

(行者)
山の道案内、指導はもちろん、法の先達なり。
即ち先キ(センキ)に通達して諸人(ショジン)を自由に教導し、
指導するをもって先達と云うなり。

(道場主)
修験道の開祖は何人(ナンビト)にて候や。

(行者)
開祖は役行者にて候。
今を去る千三百有余年年(ユウヨネン)以前、大和(ヤマト)の国葛城(カツラギ)
上の郡(カミノゴウリ)茅原(チハラ)の郷(サト)において
高賀茂家(タカガモケ)に御誕生あらせられ、幼名 金杵丸(コンショマル)、後に役の小角(オヅヌ)と改めらる。
幼少の頃より神童の誉れ高く、七歳にして叔父 願行上人に佛法を学び、
葛城の二上・金剛山等にて苦修練行(クシュウレンギョウ)。
十九歳にして大峰山に入峯、爾来(ジライ)全国の高山に分け入り、
十界一如の苦修せられること多年。
其の間(カン)、鬼神を降伏して使役(シエキ)し、道を開き橋を架け、
箕面山の滝窟(リュウクツ)にては、
龍樹菩薩(リュウジュボサツ)に密教の秘奥(ヒオウ)をうけ、
大峰山中においては、孔雀明王に秘法を授(サズ)かり、
湧出ヶ岳(ユウシュツガダケ)においては、末世剛悪(マッセゴウアク)の衆生を救わんがため御祈願、
その満願に当り金剛蔵王大権現出現
感得を得て大峰鎮護の本尊となす。

大宝(タイホウ)元年六月七日、御年六十八歳にして母御を鉄鉢(テッパチ)にのせ、
深山の岩上より渡天(トテン)せられしと伝えらる。
寛政十一年正月二十五日、時の帝(ミカド) 光格(コウカク)天皇より
神変大菩薩の諡号(シゴウ)を賜りし。
役の行者神変大菩薩こそ修験道の開祖にて候。

(道場主)
して修験道の御本尊は。

(行者)
森羅万象悉(コトゴト)く御本尊たらざるはなけれども、
総じては金胎(コンタイ)両部の曼荼羅、別して修行専念のご本尊は
大日如来の教令輪身(キョウリョウリンシン)たる大忿怒形(フンヌギョウ)の大日大聖不動明王なり。
尚、大峰鎮護の金剛蔵王大権現、高祖役の行者神変大菩薩を
三位一体(サンミイッタイ)の御本尊となするなり。

(道場主)
ふーーむ。よくぞ御答なされしよな。
此れより行者十六法具をお尋ね申す。一々(イチイチ)御答あれよ。
まず第一(ハジメ)に頭(カシラ)の前八分(マエハチブ)に頂く頭襟(トキン)や如何(イカ)に。

(行者)
これぞ大日如来の五智宝冠(ゴチホウカン)にして、武士の甲(カブト)に形(カタ)どるなり。
又、 前八分に頂くは、不動頂上、八葉頭襟(ハチヨウトキン)の内にあるを表示するなり。

(道場主)
結袈裟(ユイゲサ)・九條袈裟(クジョウゲサ)の理由(イワレ)な如何(イカ)に。

(行者)
九津(クズ)合せば九條 結べば九界。九界衆生を九條に接して、着す
忍辱慈悲(ニンニクジヒ)の袈裟にて候。
即ち、十界具足の袈裟とも名付くるなり。

(道場主)
手に持モちたる念珠は。

(行者)
念とは念々続起(ゾクキ)の煩悩にして、珠とは本覚真如の理を表す。
即ち、悪魔降伏 百八煩悩推破(サイハ)の義にて候。

(道場主)
しからば錫杖は何故に所持せらるるや。

(行者)
これぞ法界の総体にして衆生覚道の智杖なり。
即ち一切衆生苦界(クガイ)の長眠を驚覚(キョウカク)するの意なりと心得て候。

(道場主)
鈴懸(スズカケ)を着する理由(イワレ)は。

(行者)
鈴懸とは入峯修行用の法衣にして、金胎両部(コンタイリョウブ)の法衣なり。
即ち、当道場 真俗不二(シンゾクフニ)・
当位即妙内証(トウイソクミョウナイショウ)の教義を表す。
その俗体(ゾクタイ)を改めず俗衣(ゾクイ)をかえずして色心実相の極意を表す。
鈴とは六大週遍法界の塔婆(トウバ)にして この衣をかけて金胎両部(コンタイリョウブ)、
一乗菩提の峯を修行するが故に 、鈴懸と申し着用するものにて候。

(道場主)
して引敷(ヒッシキ)をつけたるは。

(行者)
入峯修行用の坐具にして獅子の皮にて作る。これ獅子に乗ると感想する。
獅子は畜類の王にして畜類を煩悩にたとうるが故に、煩悩の王たる無明(ムミョウ)煩悩なり。
即ち無明即法性、無明の道理を表さんがため、獅子に乗ると心得て着用するものなり。

(道場主)
腰に巻きたる絹索(ケンサク)の儀や如何(イカ)に。

(行者)
意馬心猿(イバシンエン)の狂(キョウ)をつなぎとめ
難伏者(ナンブクモノ)は縛(バク)せんがためにて候。
これに三種あり。
先達十六尺、中先達二十五尺、大先達三十七尺。

先達十六尺は般若十六菩神を表し、中先達二十五尺は二十五菩薩を表す、
大先達三十七尺は三十七尊を表すものにて候。

(道場主)
して手甲(テコウ)は。

(行者)
金剛界。

(道場主)
脚絆(キャハン)は。

(行者)
胎蔵界。

(道場主)
草鞋(ワラジ)は。

(行者)
八葉(ハチヨウ)の蓮華(レンゲ)に乗る心にて候。


(道場主)
然らば最後にお尋ね申す。
当道場中央に組まれし、修験道千三百有余年来秘伝の法、
あれなる護摩の大法の儀な如何に。

(行者)
それ柴燈大護摩供厳修と曰者(イッパ)、
東方 阿シュク (アシュク)如来の木を、西方 阿弥陀如来の金(カネ)をもって、
中央 大日如来の大地に切り積みて、南方 宝生(ホウショウ)如来の火放ち、
これを悉(コトゴト)く焚焼(フンショウ)し、
北方 釈迦如来の閼伽(アカ)を以って清浄ならしむ大法なりと心得て候。
<仏教では水の事を、法水又は閼伽(アカ)と云う。>

(道場主)
先程よりの御答一々御尤もなり。真実(マコト)の山伏と心得て候。
入場さし許す。御通り召されよ。

(行者)
有難く入場仕(ツカマツ)る。其れ一同、従い召されよ。
道場主  九字・開門 (縄とく)

道場主先導して護摩壇中心に時計回り。
僧侶御前にて一礼 道場主 「総礼(ソウライ)。」
大導師御前にて一礼 道場主 「総礼(ソウライ)。」
御本尊御前で一礼 道場主 「総礼(ソウライ)。」

各自持ち場に戻る。(歩く時は直角、両手は腰)
行者作法大嶺講山伏瀧谷吉野二見出雲